小倉ひとつ。

入籍を報告したけれど、常連さんはみなさん名前で呼んでくださる。

友人も名前呼びだから、名字を呼ばれる機会が全然ない。


そのせいか、この間インフルエンザの予防接種を受けに病院に行ったとき、「瀧川さーん。瀧川さん、いらっしゃいませんかー」って言われたのに、素で三回くらい聞き流していた。


受付番号で呼ばれるとか、瀧川かおりさーんってフルネームで呼ばれるとかしたらすぐ反応できたと思うんだけれど……。


慣れるまでしばらく、瀧川さんって呼ばれても振り向けないかもしれない。


そんな話をしてから、朝、眠くて二度寝しかけると、要さんがふいに瀧川さんって呼ぶようになった。


「ね、かおり、起きて。朝だよ」

「ん」

「かおりー。かおりさーん。朝ですよー」

「んー」

「瀧川さーん、瀧川かおりさーん、起きてー」

「んん……おはようございます……」


要さんは起こすとき、声をかけるだけで、こちらを揺らしたり物音を鳴らしたりしないので、下手すると、せっかく起こしてもらったのに二度寝しそうになる。


返事をしてのそのそ起き上がるまでがひとセット。


「おはようございます。ご飯食べよう。今日は早く出るんでしょ?」

「うん。コーヒー淹れるね……」

「ありがとう」

「うん。起こしてくれてありがと……」


船を漕ぎながら頭を下げた私に、要さんは「いいえ」と軽やかに笑った。