小倉ひとつ。

「むりむり絶対慣れない……!」

「じゃあ慣れるように、稲やさんでしばらく小倉ふたつ持ち帰りにしようか」

「ぜっっったいまともに接客できなくなる自信があるから思いとどまってほしい」

「ええ? 俺としてはあんまり思いとどまりたくないな。指輪が駄目だから」


するりと薬指に触れられる。


指輪を贈られた多くの人がきっと指輪焼けするはずのその場所に、確かに私は何もつけていない。


でも、今までずっとひとつしか持ち帰らなかった瀧川さんが、突然たい焼きをふたつ持ち帰るだなんて、どう考えても恋人用でしょう。ご家族のぶんなら三つだもの。


……うん、やっぱり無理だよ無理。からかわれはしないと思うけれど、私の気力ががりがり削られてしまう。


指輪が駄目というのは、服の下にかけている指輪が見えないからフリーに見える、という主張なのだけれど、よく考えてほしい、全くもって心配ないと思う。


「稲やさんはご存知の通りご高齢の方が多いから、お相手になんて恐れ多いよ。どう見ても対象外だよ。むしろ孫か娘枠だよ。だから全然そういう心配はいらないと思うんだけれど」