「じゃあ、先に行ってるね。行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい。気をつけて」


朝は毎回私が先に出る。短い挨拶は、そろそろ照れずに言えるようになってきた。


「いらっしゃいませ。おはようございます」

「おはようございます」


稲やさんではまだお互い話し方を変えていない。


ついぽろっと世間話をしそうになっていけない。あぶないあぶない、お仕事中の私語は慎まないと。


要さんは帰りが遅いと心配してくれて、帰り、都合が合うようなら迎えに来てくれる。


基本私の方が勤務開始時間が早いからそのぶん早く帰るのだけれど、遅くなった日は「お疲れさま」とドライフルーツとか入浴剤とかちょっと豪華なお肉とか、差し入れをたくさんくれるのがほとんどだった。


なんというか、大事にされてるなあ、と、とぼけたことを思う。

大事にされている。私も要さんと、ついでに私を大事にしたいな、と思う。


お休みの日、せっかくなのでちょっぴり頑張ってメイクをして、ひょこりと洗面台から顔を出したら、瞬きをされた。


「今日はいつもとメイク違う?」

「え? そうだけれど、どうして?」

「いつにも増して可愛い」


うぐ。なんてことを言うんだ。


顔を手で覆ったら、楽しそうな笑い声が降ってきた。ひどい。

でも、要さんのからかいはいつも甘やかだ。


……大事にしてくれてるなあ、と思う。


そうして穏やかに毎日が過ぎていった。


喧嘩は全然なかった。お互いが少しずつ譲り合っていることと、あんまりこだわりがないことと、元々気が合うタチなことが大きい。


本当に楽しいことばかりだ。