「ううん、やめておく」

「そう?」


うん、と頷いて、努めて軽くつけ足した。


「今日はお酒飲まないって決めてるから」

「え、なんで?」

「覚えておきたいなって」


変に酔うと記憶が飛ぶって以前も言った。つまりはその、そういうことである。


おずおず見上げたら、要さんが少し固まって、瞬きをして、そっと口を開いた。


「ええと。ごめん、期待しますけど」

「期待してくれないと寂しいから期待してください」


火照り始めた体温をおして小さく早口に言い募ると、困ったような微笑みが落とされた。


「ちょっとかおりさん、お願いだから煽らないでくれませんか」

「……はい」


煽ったつもりはなかったんだけれど、言われてみたらその通りすぎた。ご、ごめんなさい。


多分これ以上何を言っても野暮なので、ひとまず神妙に頷いて口を閉じる。


……うん、やっぱりどう考えても煽っている。ごめんなさい、私が悪かった。


思わず目をそらす。有り体に言ってしまえば、私がしたのはそういうお誘いである。


すごいことを言った自覚がようやく迫り上がってきて、じりじり下がる視線の先で、静かに手を取られた。


節の高い指。混ざる体温。


「かおり」


お砂糖みたいに甘い声。


優しく降ってきた呼び名が甘く尾を引く。


うん、と吐息混じりの返事をしながら、そっとまぶたを閉じた。