「お座敷にご案内いたしますね。こちらにどうぞ」

「はい」


なんとはなしに足元を見遣ると、今日はカジュアルにウイングチップの革靴で、ああプライベートだもんなあ、なんて横目で見る。


柔らかいブルーグリーンのニットがよく似合っていた。


靴を脱いで上がってもらい、瀧川さんが前にお好きだとおっしゃっていた、窓際のお庭の紅葉が見えるお席にご案内して、「それでは少々お待ちくださいませ」と足を引くと。


「すみません」


出て行くのをとめるように、するりと声をかけられた。


「はい」


なんだろう、ときょとんとした私に、瀧川さんがゆっくり口を開く。


「……もし、よろしければ」


少し迷って視線を下げ、ゆっくり上げて、私を見据え。


「もしよろしければ、あなたにお茶を点てていただきたいのですが、お願いできますでしょうか」

「っ」


なんで、そんなことを、いうの。


ひゅうと、密かに息をのんだ。多分、変な顔をしてしまっている。


基本はお薄だけれど、お茶は希望制で、お薄とお濃茶と、ほうじ茶と緑茶がある。白湯もある。


好きなように楽しんでもらいたい、というのが稲やさんの方針だから。


でも、あまりの混雑で手が足りなくならなければ、お茶を点てるのはいつも稲中さんの奥さんだった。


ちゃんとお茶名を取っているし、慣れているし、上手だから。

特に指名がないから。


私に頼む人なんて、いなかったから。