すっごく頑張っているとか緊張しているとかなんて、言われると思わなかったんだろう。


くすくす楽しそうな瀧川さんに、私もにっこり笑った。


気を悪くされなくてよかった。

私は、こういうときは謙遜しないでお礼を言って、少しおどけることにしている。


謙遜しちゃうと相手もなおさら褒めないわけにはいかないから、いやいや、いやいやいや、みたいなよく分からないやりとりになってしまう。


初めからお礼を言いつつおどける方が、私は丸く収まる。


稲やさんの常連さんはみなさん優しい。

私がちょうど娘みたいな年齢なのも相まって、何かあるごとにたくさんたくさん褒めてくださるので、自然と素直に喜ぶようになった。


『褒めるってことはね、素敵だなって思ったってことだから』


謙遜していた私にそう言ってくれたのは、稲中さんの奥さんだった。


『素敵だなと思って褒めたのに、そんなことないですよって褒めた人から謙遜されたら、ある意味褒めた自分を謙遜された、みたいな意味になるでしょう。そう言ってしまうと、ちょっと……だいぶ大げさだけれど』


だからね、かおりちゃん。


『ありがとうございますって言ってしまうのはどうかしら』


奥さんは強制も押しつけもしなかった。注意でもなかった。


あのね、もしよかったら、とすごく細やかに配慮してくれた。


謙遜されたら悲しいとも、失礼だとも言わなかった。


ただおどけた顔で、秘密を打ち明けるみたいな明るいわくわくした声で、私だけのときにそっと笑って言ってくれた。


まだ高校生だったあの日から、私は奥さんをずっと尊敬している。