お昼、瀧川さんはさりげなく奥さんにお礼を言っていたらしい。


私は予約とお昼ご飯に忙しくて、今回ばかりはお渡しもお会いもできなかったのだけれど、休憩時間が終わって「無事予約できました、わがままを言ってしまってすみませんでした。時間を変えてていただいてありがとうございました」と報告に行ったら、奥さんが嬉しそうに笑って教えてくれた。


「瀧川くんがね、かおりちゃんから聞いたって。いつもありがとうございますって言ってくれたのよ」


お茶の量を調整することに、あまりいい顔をされないときもある。


その流派を修めたなら、お店なら、本当はきちんと作法通りに点てるべきだというのも分かっている。


好みに合わせた調節を大々的に伝えて回らないのはそのためだ。


でも、そうして作法通りに点てたお抹茶がその人の口に合わなかったら、あんまり楽しくなかったなって印象とともに帰ることになる。

そうしたら次を望むのは難しい。


誰かを相手にするお仕事には、たとえ全てが正しくなくても、迷惑にならない範囲でなら、その誰かを思う過程があってもいいんじゃないかなあ、なんて私は勝手に思っている。


一応奥さんからは、慣れている方は味で分かるので、聞かれたときにだけこっそり言葉を選ぶようにしてほしいとお願いされていた。


瀧川さんが、他のお客さまがいるところではなくて隅でさりげなくお礼を伝えてくれたのは、そういう柵を鑑みてのことだとしたら、すごく細やかな気遣いだった。