小倉ひとつ。

そもそも、忘れるって我ながらひどい。

いくら人の顔と名前を覚えるのがものすごく苦手とはいえ、許されがたい所業だよ。


でも、お名前の漢字しか分からない今の状態のまま放置したら、後々もっと申し訳ない失敗をしそうで、聞かない選択肢なんて選べなかった。


「…………すみません」


言外の肯定である。


「悲しいです……」

「すみません……!」


意図してうなだれてみせた瀧川さんが、優しい冗談にしてくれたのは分かったけれど、悲鳴じみた謝罪が口をついた。


すみません。本当にすみません。瀧川さんは真剣に怒ってもいい。


「いえ、大丈夫です大丈夫です。お気になさらず」


でも瀧川さんは怒らないで、がばりと頭を下げた勢いに慌てて声をかけ、名前を覚えるのって大変ですもんね、と笑ってくれた。


うう、優しい。すみません。


「今度は是非覚えてくださると嬉しいです」

「はい」


力強く頷く。大丈夫です、ばっちり覚えました。