小倉ひとつ。

思いきり話題を変えつつ手で顔を覆って、瀧川さんが見えないようにする。


瀧川さんはかろうじてボウルを指差した私に、はい、とごく普通に頷いて離れてくれた。


じゅう、と鉄板に落とした生地が焼ける音がする。


「立花さん」

「な、なんですか……?」


呼びかけになんとか答えた声は予想外に揺らいでいた。


うわあブレブレだよ。へたりすぎだよ。


さらなる羞恥心に顔をうつむけた私に、追い打ち。


「アドバイス、してくださらないんですか」


これはあれか。そんな遠くにいないで近くに来ないのかということか。


「さっき説明したので大体大丈夫だと思います……!」


思わず反射でそう言ってしまってから、これではなんのためにキッチンに来たのか分からないと思い直したので。


「焦げたとか分からないとか、何かあったら頑張ります。でもすみません、落ち着くまでできればちょっと時間をください……」


ふらっふらなつけ足しをすると、ピ、と焼き時間のタイマーをセットした瀧川さんは、静かに言った。


パチパチ油が跳ねている。


「隣に」


別に、何もないですけど。


「隣に来てくださいと言うのは、いけませんか」