小倉ひとつ。

「失礼します」

「はい」


一応お座敷の引き戸越しに声をかけて、返事が返ってきてから引き戸を開ける。


コートを脱いでいた瀧川さんの、深い鮮やかな緑のシャツが目に飛び込んできた。


「すみません、お待たせしました」

「いいえ」


にこりと笑いかけてくれた瀧川さんは、当然の気遣いかもしれないけれど、お座敷の一番奥に詰めて座っている。


そうすると、このまま私がお隣に座れば、真ん中の席になるわけなんだけれど。


瀧川さんが以前お好きだとおっしゃっていた目の前に大きい窓がある席は、ちょうど真ん中の私が座る席だ。


一瞬代わろうかと思って、でもうまく言葉が出てこなかったから、諦めて真ん中の席の隅で私もコートを脱いだ。


丈の長いワンピースにしてきたから、正座しても問題ない。


畳んだコートを後ろに寄せて、上にマフラーを置く。


その拍子に、今日は珍しくつけてきた小ぶりのイヤリングが、ふわりと揺れた。