小倉ひとつ。

「先ほどのお礼をさせてください」


節の高い指先が、カイロをしまっていたコートのポケットの上を軽く跳ねた。


いえ、でも、なんて拙い遠慮も言い出せない。


優しいのに断固として譲らない口調で、瀧川さんはそれだけ短く言い置いて、にっこりカウンターに向き直った。


「はい、あいておりますよ。小倉ふたつ、お座敷でよろしいですか?」

「はい、大丈夫です。私はお薄で……立花さんは何になさいます?」

「お濃茶でお願いします……」


へろへろになりながら返事をした。


今日はもう濃いお茶をいただかないと駄目だ。こう、ぐっといけるやつ。


瀧川さんはその場でふたりぶんのお支払いを済ませてくださったので、いよいよ私はどうしようもなくなってしまった。


ええとええと、ええーと、今度また何か差し入れを考えよう……。


混乱がおさまらないまま、瀧川さんの後に続く。


お座敷までご案内いたします、と先を歩く稲中さんの奥さんが、瀧川さんを先にお通しして、少しごめんなさいね、と私をお座敷前の隅で引きとめた。