「心愛、そのチョコひとつくれよ」



人をからかうことが好きな山下 湖太郎(やました こたろう)の言葉に肩を揺らし、まなじりをつりあげて、あたしはそいつの背をばしんと叩く。



「心愛って呼ばないで!」



うざい眼鏡が「痛い!」と騒いでいるけど、あたしの知ったこっちゃない。

ふん、と顔を背けた。

周りはまたやってるよ、と笑うだけでとめる気はなくて、これもまたいつもどおりのこと。



寒い冬の日、お母さんは陣痛が来る前にココアを飲んでいたからあたしの名前は心愛。

そんなわかりやすいキラキラネーム。



あたしにとって自分の名前はコンプレックスでしかなく、友達には『ココ』と呼んでくれるよう頼んでいる。

それなのに、お調子者どもはちょくちょくあたしにわざとらしく「心愛」と話しかけるんだ。

ほんっとムカつく。



怒りが収まらないあたしは、みんなの後ろの方で黙々とチョコレートを口に運ぶ。

ふわりと口の中でほどけるそれを舌の上で転がしていると、とんとんと軽く肩を叩かれる。



ふっと顔をあげた先。

そこには、1番付き合いの深い友だちの織田 康一(おりた こういち)だ。