所持しているのは重要書類だ。そしてこの暑さ。
教授は、なんだったらタクシーを使いなさいと心付けもくれたけど、結局鞠子は歩くことにした。

庶民のサガで、歩ける距離でタクシーに乗ることに抵抗があるのだ。

皇居に近いこの場所は、かつて政財界の要人が多く邸宅を構えていたという。
今は商業用オフィスが建ち並ぶ街へと姿を変えているけれど、屋敷町の面影はそこここに残っている。

にぎわう新宿通りに背を向け、ベルギー大使館の方向へ。
水埜 泉が住まう屋敷も、1960年代に建てられた古い洋館だという。
かつて泉の大叔父が住んでいたのだが、子がなかったため親類である泉に遺された。

人気のない静かな、ところだ。
大使館を通りすぎ、いくつか角を折れる。

真新しいマンションと、屋敷だった建物を改築したようなビルの合間に、うっかり見過ごしてしまいそうな路地があった。