現世に別れを告げてから、ゆっくり、ゆっくりと時間が過ぎて。


 ふと気がつけば、周囲はうっすらと秋の気配が忍び寄り始めていた。


 朝晩に吹く風がめっきり涼しくなっていて、ちょっとびっくりする。


「それでもやっぱり、昼間はまだまだ暑いですわねぇ」


「だねー」


「気温差が大きいから、風邪をひかないように気をつけなきゃね。妊婦は体調管理が大変なのよ」


 門川本邸の縁側に座って、お岩さんや塔子さんと一緒に見上げる真昼の空は、とってもきれいな青色。


 でも中庭にそびえる高い松の木の向こうには、薄灰色の雲がチラホラと見える。


 最近やたらと天気に裏切られるんだよなぁ。さっきまで晴天だと思ってたら、いきなり暗くなってドーッと雨が降ったりするし。


「この時期の天気って不安定だよねー」


「女心と秋の空、ですわ」


「それ、なにげに女性蔑視の発言よね。女の心はそんな、生卵みたいにコロコロ転がったりしないわよ」


「ホントですわよね。男の方がよっぽどメンドくさい生き物ですわ」


「うん。今の門川君が、ちょうどそのメンドくさい状態だよねー」


 あたしとお岩さんと塔子さんは、顔を見合わせてケラケラと笑った。


 そして、しみじみ思う。


 人間、なにがあっても笑えるようになるもんだなーって。


 あの別離の日から、あたしはしばらく抜け殻状態だった。


 本当にね、なんかもう、肉から引き剥がされたぺらっぺらの生皮みたいだったのよ。


 中身カラッポ。自分で言うのもなんだけど、完全な生ける屍。


 現実を受け止めきれなくて、心と体が乖離してたんだね。きっと。