神様修行はじめます! 其の五

 扉が閉まる音を聞いた瞬間、すごい勢いで涙があふれた。


 まるで曇ったレンズ越しのように目の前が歪んでしまって、視界が利かない。


 体の奥から次々と込み上げる悲しみと涙のせいで、足がガクガク震えて、真っ直ぐ歩くことができなかった。


「うっ……。うぅ……」


 嗚咽が漏れないように両手で口元を押さえ、歯を食いしばりながら必死に堪える。


 そうして夢遊病者のようにフラフラと廊下を進んで行くと、玄関の手前で絹糸があたしを待っていた。


 子猫ちゃんの姿は見えない。


 もう、別れを済ませたんだろう。


 きっと二階のあたしの部屋で、あの白い真綿のような小さな体が、ひとりぼっちで別離の悲しみに耐えている……。


「小娘。あちらの世界へ行くか?」


 金色の目が、あたしをじっと見上げた。


「それとも、ここにとどまるか?」


 この期に及んで、まだあたしに選択の余地を与えようとしてくれる、残酷な優しさ。


 激しく揺れる自分の心のように、あたしは何度も大きく首を横に振った。


「……行く」


 ノドを引き攣らせながら、どうにかその言葉だけを伝えると、絹糸は押し黙った。


 金の両目が逡巡するように瞬きを繰り返し、なにかをしゃべろうと口を開いて、でもなにも言えずにまた口を閉じる。


 そして小さくひとつ溜め息をついて、ヒョイと玄関に下りて扉へ向かった。


「ならば、この扉を自分の手で開けよ」


 自分が選んだ道の扉を、自分で押し開け。


 この手で、未練と後戻りの道を断つために。


 言われるがまま、あたしはヨロめきながら靴を履き、扉に近づいた。


 両足は鉛のように重くて、まるで深いぬかるみの中を歩いているようだ。


 これは、あたしの迷いの表れ。もう覚悟を決めたはずなのに、断ちがたい想いが後ろから背中をつかみ、強く引き戻そうとする。


 でも、この想いは叶わない。


 どんなに望もうとも、この願いは決して届かないんだ。


 それをよく知るあたしは、ドアの取っ手を握った。


 金属の冷たさに怯えながら手にグッと力を込めると、どうしようもないほどあっけなくドアが開いてしまった。


 その先に広がる夜の世界に、絹糸があたしの足元を通ってスルリと飛び出す。


 あたしは見慣れたはずの景色を前にして、怖気づいてしまった。