『もしまたお会いできたらその時は、よいお日和ですねって、今みたいにお声をかけてくれませんか?』


 月の中で語る少女の姿が、透き通るように薄らいでいく。


 記憶が……想いが、消滅する。


 それらをこよなく愛した彼の命が、途切れていく。


「…………」


 求め続けた指先が、パタリと地に落ちた。


 すでに彼の目から光は失せ、呼吸も止まり、体から生気が抜けている。


 世界のひとつを破滅に導きかけるほど、激しい愛に翻弄された男の唇は、もうなにも答えることはできなかった。


「地味男……」


 土気色になった、もの言わぬ屍に変わり果てた彼に、あたしは涙を流しながら呼びかける。


「地味男……さようなら」



 きっとあなたは、答えたのだろう。


『よいお日和ですね』と。


 心の底から幸せそうに笑いながら、その言葉を愛する人に告げたはずだ。


 やっとのことでたどり着いた、ふたりだけの美しい世界の中で。




 残されたあたしたちは、そう信じるよ。


 そして、ふたりが愛し合っていた事実を胸に刻もう。


 届かぬ月に手を伸ばすように。


『どうか』『せめて』と切なる願いを込めながら、あなたたちに久遠の別れを告げるんだ。



 さようなら。

 さようなら。

 さようなら。




 あぁ、月よ。どうか……。



 どうか……。




 せめて……。