あなたと初めて出会ったのは、夏の熱さに咽ぶような校舎の廊下。


 ハッとするほど美しい面差しと、感情の籠らない瞳で、あたしをじっと見つめていた。


 あなたの存在そのものに、どこか現実味が感じられなかったのは、あなたの言葉を借りるなら『生きて』はいなかったから。


 あなたは、望む物を何ひとつ持ち得なかった。


 欲望のない心は雪原のように純白で、どこまでも透き通っていた。


 そんなあなたの心を醜く濁らせてしまったのは、このあたし自身。


 そのことに対してずっと大きな罪悪感を持っていたけれど……。


『なにを犠牲にしたとしても、僕の隣にいて欲しい』


 その美しい言葉の裏側には、欲深い醜さが在る。


 それを知りながらあなたは、『望む』と言い切った。


 醜い自分の心に苦悩しながら、あなたはやっと望むことを……『生きる』ことを選ぶことができたんだ。




 世界は、たくさんの望みで溢れてる。


 なのに叶う保証も、届く確信も、変わらぬ永遠もありえない。


 それでも強く焦がれて、月に向かって地上の人々が闇雲に手を伸ばし続けている姿は、さぞかし滑稽だろうと思う。


 それでも、ね。


 それでも……。



『りおが、だあーいすき!』



 ……ほらね、あるんだよ。


 真ん丸な、ひとつ目の可愛い笑顔が、思いの丈のすべてを込めて精いっぱいに月に向かって手を伸ばす。


 そんな果てしなく美しい願いも、間違いなく世界には存在するんだよ……。