「そもそもの始まりは、私が成重様から『水絵巻を内密に使用したい』と打診されたことでした」


 あれから、もう何時間が過ぎただろう。


 転移の宝珠でしま子が消え、地味男も消え、山中は本来の夜の闇と静けさを取り戻した。


 シーンとした重苦しさに覆われた、肌寒さを感じる空気の中で、


『ここに留まっていても、どうにもならぬ。戻るぞ』


 そんな絹糸の声に従い、あたしたちは全員揃って山を下り、武家屋敷に戻った。


 頭がカラッポで記憶が曖昧だから、自分がどうやって下山したのか、あんまり覚えていない。


 ただ、門川君が背負ってくれていたような記憶は、薄っすらとあった。


 そして、こうしてみんな廊下の奥の広間に座り込み、水園さんの話を聞いている。


 お岩さんは、ボンッと泣き腫らした目をしながら。


 凍雨くんは、ガックリと両肩を下ろして意気消沈しながら。


 マロさんは、自分が気を失っていた間の出来事を知って驚愕して、なにもできなかった自分を強く責めながら。


「せめて水絵巻で、もう一度水晶の姿を見たい。成重様にそう強く懇願されて、どうしても断れなかったのです」


 小浮気一族は、宝物庫の管理を一手に任されている。


 地味男は蛟一族の長だし、長老の一員だし、誰の目も気にせず堂々と宝物庫の中に入れる立場だ。


「私たちがこっそり水絵巻を使用するのに、なんの障害もありませんでしたから」


 水園さんが、うつむきながらポツポツと事情を詳らかにしていく。


 果実のように瑞々しい唇も、鈴の音みたいに可憐な声も、陶器のような肌に陰を作る艶やかな黒髪も、すべてが、たとえようもなく美しい。


 こんな美貌と知性に恵まれた人が、実は『持たざる者』だなんて、世の中はなんて皮肉なんだろう。


 神が本当にこの世に存在しているとしたなら、たぶん、かなり気まぐれで捻くれた性格の持ち主だと思う。


 そんなのに翻弄される下々の者は、たまったもんじゃない。