「しま子! しま子! しま子! しま子おぉぉ!」


 呼べど叫べど、届かない。


 焼くような悲しみに胸を掻き毟り、灼熱の涙を流しながら、必死に求めるこの両手は、愛する者へは絶対に届かない。


 現実とは、なんと残酷で、血も涙もなく無慈悲であることか。


 絶望に打ちのめされるあたしを抱きしめる門川君の両腕が、潰れてしまいそうなほど強くあたしを包み込む。


 その強さも、確かさも、まるで儚い幻想のようだ。


 ああ、しま子。

 しま子。

 しま子。



 あなたは、もう……



 いない……。



―― シュッ……


 地味男の足元の水絵巻から、一本の白銀色の光の筋が伸びた。


 光の筋が、“騒ぎなんかどこ吹く風”といった様子で眠りこけている獏の全身をパッと包む。


 同時に獏の姿が靄のようにみるみる薄まって、あっという間に消えてしまった。


「……あの赤鬼に免じて、この場は私が引きましょう」


 地味男の足元から、転移の宝珠の術光が輝き始める。


「ですが次に会うときこそが、決着のときです」


 その言葉を残し、地味男の姿は水絵巻と共に掻き消えた。


 セバスチャンさんが、去っていった旧友の姿を目で追うように無言で立ち尽くしている。


 彼の目にも、かつての友に対する言葉にならない感情が宿っていた。


 そしてこの場にあるのは、闇に染まる木々と、風。


 泣き叫ぶあたしの声と、虚しく張りつめた空気。


 沈痛と、戸惑いと、喪失感。そして、ただそこにあるだけの……月の輝き。


「天内君」


 絶えることなく泣き続けるあたしを抱く門川君が、ポツリと静かな声でささやいた。


「キミに説明するよ。失踪していた間の、僕の気持ちのすべてを包み隠さず」


 いつの間にか治癒は終わっていたようで、白い術光も術陣も、地面からは消失している。


 心が痛すぎて、苦しすぎて、あたしは体の傷がすでに癒されているという事実に気づく余裕もなかった。


 そんなこと、どうでもいいようにしか思えなかった。


「ぜんぶ話すよ。キミにだけは知られたくなかった、ボクの醜い心を」


 あたしを抱く彼の手に、ひときわ力が込められる。


 それでもやっぱり、あたしは、


 なにもかもが、悪い夢のようにしか思えなかった……。