神様修行はじめます! 其の五

 のっぺりとした白地のお面に、シュッと細く吊り上がった墨色の両目。


 ヒゲの紅色が、この暗闇の中でひと際鮮やかに目に映る。


 体全体を覆い隠すような黒い衣装が、周囲の闇に溶け込んで、お面だけがポカリと宙に浮いているかのように見えた。


 久しぶりに見た姿に、あたしは思わずその名を口にする。


「狐面」

『私を覚えていたか』


 あたしは、うなづいた。


 忘れるわけない。覚えているよ。あんたがあたしの目の前で死んだあの日から、ずっとずっと。


 半妖という、世にも珍しい存在として生まれた男。その希少さゆえに奥方の目にとまり、側仕えになった。


 あんたは奥方に道具として利用され、最期は洞窟の崩壊に巻き込まれて、遺体すら残らなかった……哀れな敵の亡霊だ。


『それでも私は、幸せだった』


 あたしを見おろしている仮面の奥から、静かな声が聞こえる。


『自分が道具としか思われていないことなど、知っていた。それでも奥方様のために生き、あのお方の隣で死ぬことだけが、私の望みだった』


 狐の片目から墨色の涙がつうっと伝い、あたしの手の甲にポタリと落ちる。


 流れる涙に墨が溶けたのかと思ったけれど、違う。


 落ちた涙は赤かった。


 これは、血の涙。血の色があまりに濃すぎて、黒く見えるほど変色してしまっているんだ。


 それほどまでに、この亡霊の無念は深いのか……。


『私は、ひとりで死んだ』


 ポタリ、ポタリと血の涙が滴り落ちる。


 狐のお面は幾多の涙の跡で黒く染まり、あたしの手の甲も見る間に血の色で染まりゆく。


『奥方様と死ぬことだけを……望んでいたのに……』