「小浮気様! 武家屋敷でわたくしが預けた品を出してくださいな!」


 ようやく靄が晴れて視界が効くようになり、お岩さんが大声で叫びながらクレーターさんの元へと駆け寄っていく。


 でも水園さんを抱きかかえて脱力しているクレーターさんは、ボーッと視線を移ろわせているだけだ。


 お岩さんはそんな放心状態のクレーターさんに、イラついた表情で詰め寄る。


「小浮気様ったら! ちょっと、聞いてますの!?」


「…………」


「いい加減にしなさいよアナタ! 意識飛ばしてる場合じゃないでしょ!?」


 ―― スッパァ――――ン!


 目を吊り上げたお岩さんが気合い一発、クレーターさんの横っツラを思い切り平手で引っ叩いた。


 たまらずクレーターさんの体が、ドサッと地面に横倒れになる。


 ビンタの音のすごさに凍雨くんが「うわっ」と肩をすくめて、その威力をよく知るセバスチャンさんが、顔を顰めて自分の頬に手を当てた。


「過去にばっかり気を取られて、現実から目ぇ逸らしてんじゃないわよ! 泣いてるヒマがあるなら、見なさい! 目の前を!」


 お岩さんは倒れているクレーターさんの襟を両手でつかみ、力任せにグィッと持ち上げ、目を向いて怒鳴り散らす。


 そしてクレーターさんの後頭部の薄い髪の毛を乱暴に引っ掴んで、水園さんの方へ顔を向けさせた。


「ほら見える!? アナタの大事な娘がここに存在している現実が、見える!?」


「…………」


「あんた、お父ちゃんでしょ!? 命がけで娘を守ってやんなさいよ! やれ過去の過ちだの、事実を知ってたの知らなかったのと、そんなことは父と娘の間ではどーだっていいのよ!」


「…………」


「あんたが守りたいと願う物を守るために、やるべき最良のことを今、しなさい!」


 お岩さんに叱責されながら、クレーターさんは、途切れることなく涙を流し続ける哀れな娘の姿をまじまじと見つめていた。


 その目に、徐々に強い意思の光が宿り始める。