地面の術陣が輝き始めて、憂いの微笑みを白く彩る。転移が始まるんだ。


 とっさにあたしとクレーターさんが叫んだ。


「行くな! 水園!」

「待って! 門川君はどこにいるの!?」


 水園さんと地味男の姿が白い光の膜に覆われて、どんどん見えなくなる。


 思わず走り出したあたしの目の前で、ふたりの姿が完全に術光に紛れてしまう寸前、水園さんの声が聞こえた。


『月の……』


―― フッ……


 次の瞬間にはもう、ふたりは影も形も見えなかった。


 辺りはまた暗闇に包まれ、視界の効かない心細さと静寂の中で、仲間の声と息遣いがわずかに伝わってくるだけ。


 ついさっきまでの騒動と、いきなり訪れた静けさとのギャップの大きさに、心がついていけない。


 呆けたように立ちすくみながら、最後に地味男が見せたあの切ない微笑みが、あたしの頭から離れなかった。


 ……地味男がなにをやろうとしているのかは、分かんない。けどたぶん、大きな災いをもたらすことは確かだ。


 そして彼は、充分に理解している。


 自分がこれからやろうとしていることが、大勢の人たちを不幸のどん底に陥れるだろうということを。


 分かっていながら、やらずにはいられないんだ。それを行うに足る理由が、信念が彼にはあるから。


 その信念が手前勝手な理屈であることも、背負うことになる罪悪の大きさも、すべてを重々承知で。


『だからどうかもう、なにも言ってくれるな』


 あれは、まさにそんな微笑みだった。


 地味男の気持ちは、痛いほどよく分かった。水晶さんとの非業の別離が、どうしようもなく彼を突き動かしている。


 でもあたしたちは、そんな彼を阻止すべく全力で立ち向かって、斃さなければならない。


 だってあたしたちにはあたしたちの、譲れぬ信念があるから……。