恐る恐る頭上を見上げたあたしの口が、再びポカリと大きく開いた。


 なぜなら、そこに見えたのは……暗黒オホーツク海、天井バージョン!


 頭上一面を覆い尽くす巨大な黒霧が、完璧に、本当に完全に、凍りついてしまっていた。


 以前に見たドキュメンタリー番組で、流氷を水中から撮影した映像を見たことがあるけれど、まさにあれの黒バージョンな視界。


 黒色の氷の天井と、眩い白色の術光と、水の揺らめきが相まって、独特な明暗を生み出している。


 神秘的なまでに素晴らしい光景だ。


 それに、冬の朝に一歩外へ踏み出したような、清々しい冷気を全身に感じる。


 二重結界に守られている状態でこれほど強い冷気を感じるなら、結界の外はどれほど低温になってるんだろう。


 これは門川君の氷系の術。ほんの一瞬で、しかも異形だけを狙って凍らせるなんて……。


『水園殿……! 行かないでくれ!』


 頭上の光景に思わず感動していたあたしの意識が、その声で現実に引き戻された。


 門川君の胸の中からスルリと逃れた水園さんが、彼を置き去りにして泳ぎ出す。


 あっという間に自分の元から離れゆく彼女に対して、彼は追いすがるように手を差し伸べていた。


 その必死の表情を見たあたしの胸に、ズキン……!と締め付けられるような痛みが走る。


 さらに門川君は、あたしの方へは目もくれずに叫んだ。


『僕がきっとあなたを守ると誓う! だから、どうか僕のそばにいてくれ!』


―― ガ―――――ン!


 頭に、巨大な岩石が落下したような強烈な衝撃が走った。


 彼の口から出た言葉が、あたしの全存在を打ち砕く。


 頭が真っ白になってしまって、なにがなんだか、まったくわからない。


 ただ、思うのは、門川君があたしじゃない女性に向かって、あんな言葉を捧げているという事実。


 あたしじゃない人に。あたしじゃない人に……!