「小浮気よ、もう泣くな……とは、言わぬ」


 唇をへの字にグッと曲げて、涙を堪えてるあたしの耳に、絹糸の声が聞こえる。


「お前の選択が間違っていたとは言わぬ。正しいとも言わぬ。ただお前自身、自分が選んだ事実を忘れず生きていることだけは、分かる」


 錯乱したように泣き続けるクレーターさんが、はたして聞いているのかどうか。


 分からないまま、絹糸は話し続ける。


「お前は自責の念に潰されながらも、寸でのところで踏ん張って生きておる。なれば……下の娘も浮かばれようぞ」


 一瞬、泣き声がやんだ。


 次の瞬間、さらに大声でクレーターさんが激しく泣きじゃくる。


 あたしもせっかく耐えてた涙が、ボロボロッと頬を伝って落ちてしまって、慌てて顔をしかめた。


 鼻がジーンと熱くなって、一気に湿る。


 下の娘も、浮かばれようぞ。か……。


 そんなん、ただの気休めなんだよ。


 水晶さんの心はもう、どうやったって浮かびもしなきゃ、沈みもしない。


 それはクレーターさん自身、嫌というほど思い知っている。


 だって水晶さんは死んだんだもん。


 クレーターさんが、『どうか死んでくれ』って頼んで、言われた通りに娘は死んだんだもん。


 それでもクレーターさんは生きるんだ。


 いっそ、一族も自分の人生も全部投げ出して死んじゃえたら、どれほど楽だろうに。


 だけど投げ出さずに、背負って生きる地獄を選んだ心を、絹糸は『分かっている』と言ってくれた。


 言ってもらったところで現実は何も変わらないし、過去は消えないけど。


 それでも、それでも……。


 自分が命を奪った幾多の者たちの思い出を抱えて、それでも生き抜く決意をした人間にはさ……


 その言葉は、沁みるんだよ。


 ねぇ、クレーターさん……。