神様修行はじめます! 其の五

 一方、成重は成重で、頭の中も心の中も、いっぱいいっぱいの状態だった。


 嬉しさのあまり、わあぁっと叫んで少年のように走り出したい気持ちを、生来の冷静さで懸命に抑え込んでいる。


 ……やっと、やっとあの人に話しかけることができた。


 あの日に交わした約束通りに。


 勝手に緩む頬の筋肉を必死に宥めながら、成重は、水晶と初めて出会った日のことを思い出していた。


 あれはもう、二年も前のことだろうか?


 小浮気一族から、規定分の宝物を受け取るために太鼓橋へ赴いた自分は、欄干に腰掛けているひとりの少女と出会ったのだ。


 少女以外に、誰も人影は見えない。


 ならばおそらく、彼女が宝物を手渡しに来た、小浮気一族の長の娘なのだろう。


 黒髪も、顔も、衣装もしとどに濡れ、全身から雫をダラダラ垂らしている姿は、明らかに異質だった。


 でも、空を見上げる少女の横顔があまりに幸せそうに見えて、目が釘付けになってしまう。


 降りそそぐ午後の陽射しにも負けないほど、両の瞳が燦々と輝いている。


 ほんのり赤味を帯びた頬と唇は、いまにも歌い出しそうに微笑んでいる。


 ……彼女の幸せな時間を邪魔してはいけない。


 成重はそう思った。


 そうして少し離れた場所から見守っていたけれど、いつまでも少女は空を見上げてニコニコしていて、こちらに気づかない。


 さすがにこのまま立ちんぼうを続けているわけにもいかなくて、成重は、ためらいながら少女に声をかけた。


『あの、良いお日和ですね』


 弾かれたように少女は振り向いた。


 やがて、キョトンと見開かれた少女の両目がゆっくりと細められて、そして……。


『はい、とても良いお日和ですね! 素晴らしいと思います!』


 意外なほど明るい大きな声で、少女は挨拶を返してくれた。


 本当に、その明るさは成重にとって意外すぎる反応だった。


 小浮気一族の悲惨な現状は、蛟一族では知らぬ者はいなかったからだ。