神様修行はじめます! 其の五

『水晶殿』

『はい』


 また誰かに背後から名前を呼ばれて、彼女は振り返った。


 そして、舌が覚えた言葉を無意識に繰り返す。


『姉上様でしたら、父上様のお部屋に……』

『あ、いえ、そうではなくて』


 困ったようにフルフルと首を横に振る男を、水晶は見上げた。


 とりたてて特徴のない顔立ち。ちょうど姉と同い年くらいだろうか?


 中肉中背で背も高からず低からず、平凡な体格の、平凡な男。


 もしかしたら、これまでもどこかで会ったことがあるかもしれないけれど、特に記憶に残ることもない。


 まるで自分のような人だな……と、水晶は思った。


『あの、水晶殿』

『はい。なにか御用でしょうか?』

『その……』

『はい?』

『…………』

『?』

『……あの……良い、お日和、ですね』


 水晶はパチパチと瞬きをした。


 なんと返答すればよいものか分からず、この、わずかに顔を赤らめている男から視線を逸らし、ふと空を見上げた。


 たしかにこの男の言う通り、軒下越しに見える空の色は、透き通るような青空だ。


 天から明るい陽射しが降りそそぎ、庭の竹の緑や椿の赤を、美しく鮮明に浮き立たせている。


 ……あぁ……思えば、一族が水底で暮らしていた頃は、こんな景色は夢のまた夢。


 明るい陽射しはおろか、色とりどりの花なんて見ることも叶わなかった。


 陸に上がることなく生涯を終えてしまった仲間を、自分は数えきれないほど知っている。


 こうして光の眩しさ、温かさ、色彩の美しさを感じることができる素晴らしさよ!


 そうだ! 今日という日の素晴らしさに、自分も心から感謝を示さなければ!


『はい、とても良いお日和ですね! 素晴らしいと思います!』

『…………』


 明るい大きな声で答えた水晶を、目の前の男性は黙って見つめている。


 なんだかその表情は少し驚いているように見えて、彼女は小首を傾げた。


 なんだろう? 自分はなにか、おかしな受け答えをしてしまったのだろうか?


 良い日和ですねと言われて、まったくもってその通り!と、持てる全力でもって同意したのだけれど。