……ま ……様……
『水晶様』
『はい』
名を呼ばれ、振り返っても、彼女は知っている。
自分に声をかけてきたこの人は、自分に用があるわけではないのだと。
『水晶様。水園様は、何処かな?』
『姉上様でしたら、父上様のお部屋にいらっしゃいます』
『そうですか。ありがとうございます』
それだけ言って、いそいそと立ち去っていく人の背中を、水晶は頭を下げながら黙って見送った。
誰にとっても自分は、姉への渡り廊下のような存在にしか過ぎないことを、熟知しているからだ。
『水園様は、あれほどまでにお美しい』
『水園様は、あんなにも聡明でいらっしゃる』
『水園様こそ、我が小浮気一族の宝だ』
あの人も、その人も、どの人も……皆が姉の水園を愛で、称賛する。
水園の周りにはいつも、老若男女を問わず大勢が人垣をつくっていた。
反対に水晶は、誰の目にとまることもなく、誰に噂されることもない。
なにしろ彼女は姿かたちも何もかも、誇れる物のひとつもない、平凡極まる女だから。
ふたりが並べば、人はどちらの花を選びたがり、惹き寄せられるかは、自明の理だった。
……だからといって水晶は、姉を妬む気持ちなどは、さらさら無かった。
凡庸に産んだ親を恨んだこともない。
自分にまったく興味を示さぬ周囲を、恨んだこともない。
なぜなら両親や姉は、こんな凡庸な自分を厭うことなく可愛がり、大切に慈しんで育ててくれたから。
よくある物語ならば、ここは無理解な親や意地悪な姉にイビられて、日々涙に暮れて過ごすところだろう。
そんな事態にならずに済んだ幸運に、水晶は心から感謝していた。
ただそれでも、これからおそらく自分は姉の引き立て役として、生涯を過ごすことにはなる。
そんな我が身を、ほんの少しばかり寂しいとは思うけれど……
これは単なる、運・不運。
誰が悪いわけでも、誰に責任があるでもなく、不可抗力のようなもの。
僻みではなく、心からそう納得して水晶は生きてきた。


