神様修行はじめます! 其の五



 ……ま ……様……


『水晶様』

『はい』


 名を呼ばれ、振り返っても、彼女は知っている。


 自分に声をかけてきたこの人は、自分に用があるわけではないのだと。


『水晶様。水園様は、何処かな?』


『姉上様でしたら、父上様のお部屋にいらっしゃいます』


『そうですか。ありがとうございます』


 それだけ言って、いそいそと立ち去っていく人の背中を、水晶は頭を下げながら黙って見送った。


 誰にとっても自分は、姉への渡り廊下のような存在にしか過ぎないことを、熟知しているからだ。


『水園様は、あれほどまでにお美しい』


『水園様は、あんなにも聡明でいらっしゃる』


『水園様こそ、我が小浮気一族の宝だ』


 あの人も、その人も、どの人も……皆が姉の水園を愛で、称賛する。


 水園の周りにはいつも、老若男女を問わず大勢が人垣をつくっていた。


 反対に水晶は、誰の目にとまることもなく、誰に噂されることもない。


 なにしろ彼女は姿かたちも何もかも、誇れる物のひとつもない、平凡極まる女だから。


 ふたりが並べば、人はどちらの花を選びたがり、惹き寄せられるかは、自明の理だった。


 ……だからといって水晶は、姉を妬む気持ちなどは、さらさら無かった。


 凡庸に産んだ親を恨んだこともない。


 自分にまったく興味を示さぬ周囲を、恨んだこともない。


 なぜなら両親や姉は、こんな凡庸な自分を厭うことなく可愛がり、大切に慈しんで育ててくれたから。


 よくある物語ならば、ここは無理解な親や意地悪な姉にイビられて、日々涙に暮れて過ごすところだろう。


 そんな事態にならずに済んだ幸運に、水晶は心から感謝していた。


 ただそれでも、これからおそらく自分は姉の引き立て役として、生涯を過ごすことにはなる。


 そんな我が身を、ほんの少しばかり寂しいとは思うけれど……


 これは単なる、運・不運。


 誰が悪いわけでも、誰に責任があるでもなく、不可抗力のようなもの。


 僻みではなく、心からそう納得して水晶は生きてきた。