「まだ、反応しないか……」


イーファンは木箱を扉の中へ戻すと、すーすーと寝息を立てる蘭の元へ戻った。


彼女の指に嵌められた指輪に目をやる。


瑠璃の石はまだ混沌の中に沈んでいる。


「何が足りない?」


蘭の気持ちは前向きになったはずなのに。


瑠璃の石はその色を取り戻さない。


「何が足りない?」


呟き、イーファンは眉を顰めた。


蘭は自身の心の闇を多少なりとも乗り越えた筈だ。


なのに、何故石はそれに応えない?


「人というのは本当に難しい」


このような大事の時にさえ、すんなりとはことを進めさせてくれない。


イーファンは深い溜め息を吐いた。


「何でもこちらの思惑通りにいけば、これ程の焦燥を感じずともよいものを」


安らかに眠る少女が抱えるものの、多さと重さが少し疎ましい。


だが。


「待たねばならない。セイアの二の舞には出来ないのだから……」


待つ間、守護者の見極めに尽力しよう。


イーファンはそう思うのだった。


シャルティ。


シド。


マト。


これはと思う人物を集めて来た。


しかし、決まらない。


あと一歩という所で迷いが生じる。


「私は巫女姫ではないのだから仕方のないこととは言え」


一族に連なるものとしての自負だけでなく、力も巫女姫に劣らないものがあった筈だった。


「年老いたということかな」


イーファンは人知れず自嘲の笑みを浮かべた。


でもまだ消えるわけにはいかない。


数百年前の償いの為にも。


蘭の寝顔を見つめながら、胸に去来するものは星愛の面影だった。


自分を責めるように見る恋人。


それに耐えるように、イーファンはぐっと瞼を閉じた。


「ごめん、セイア。あと少し。あと少しだから……」


それでも星愛は笑ってくれない。


厳しいまなざしを、イーファンに向け続けるだけだった。