櫻の園


驚くあたしに向かって渇いた笑いを浮かべ、お姉ちゃんは淡々と語り続ける。
そこにいつものお姉ちゃんの姿は無かった。

「知らなかったでしょ、桃は。ヴァイオリンで忙しくてそれどころじゃなかったものね…お父さんも、お母さんも」

桃にかかりっきりだったから─、その言葉はツンと胸の奥をついた。ヴァイオリンケースを持って慌ただしく出て行くあたしを、お姉ちゃんはいつも、ただ穏やかに笑って送り出してくれた。


『頑張ってね』


「"桜の園"…ね、本当は毎年6月の創立記念日に公演するのが伝統だったの。ずーっと、昔っから。でもあたしたちの回の時──本番まであと10日足らずだったかなあ…出されたの、学校命令」

足元に伸びる影は、いつもより長い。


「…"桜の園"は、上演中止だって」

「なんで───、」


中止にされたの、そう言いかけて言葉を飲み込んだ。

お姉ちゃんの顔が泣きそうに歪んでいることに、気づいてしまった。


「妊娠してしまった子がいたのよ、部員の中にね」

「え…?」

「学校はね、演劇部ぐるみで妊娠を隠してたんだろう…だから上演は中止だって。その子は退学処分よ」


剥がすように取ったリボンが、床に転がっている。

同じ制服を着ていたはずなのに…あの頃のお姉ちゃんを、うまく思い浮かべることができない。

あたしはいつも自分のことで精一杯で、他のことは全て見落としてきたのだ。こんなに身近な、同じ空気を吸っていた家族でさえも。


「部長の佳代先輩、先生たちに必死でかけあって…舞台だけはみんなでやらせて下さい、お願いしますって…何回も、何回も頭下げて…なのに」


息がつまった。渇いた唇がヒリヒリと痛む。

お姉ちゃんの俯いた顔には影が差し、表情を読みとることができなくなっていた。


「上演するなら、全員退学処分って…言われちゃった」


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