櫻の園


顔をのぞき込むようにして伺うと、お姉ちゃんは驚いたように目を丸くした。そしてふっ、と軽く、笑みを漏らす。

「何にもないわよ〜?些細なケンカなんてしょっちゅうだし…」

それはなんだか随分と大人びていて、いつものお姉ちゃんじゃないみたいだった。

お姉ちゃんは、二つ年上の竹内さんという男性と、もうすぐ結婚する。何どか家に遊びに来たことがあるが、彼はとても優しく笑う人だった。

テレビから笑い声が起こる。音になる暇もなく、耳を通り抜けていく。


「…お姉ちゃん、ちょっと聞きたいんだけどさ」

「ん?何?」

「高校の時…佳代先生と、仲良かったんだよね?」


ツウ、とビール缶上を大きなしずくが伝った。


急に密度が濃くなった、沈黙の闇。


「何で…?」

掠れるように呟いたお姉ちゃんの顔からは、もうすっかり赤みが消えていた。

「え…ううん、佳代先生って昔演劇部だったんだね?偶然見つけたんだ、これ」

そう言って台本を取り出すと、お姉ちゃんは虚ろな目のままそれを手に取った。ペラペラとページをめくる手の薬指に光る、華奢な指輪。

「成功したのかなぁ、これ──」
「やらなかったの。そのお芝居」


何かを塗りつぶすような声だった。

暗闇の中、じっとりと湿り始める背中。

「部長の佳代先輩中心に頑張ってたんだけどね。…あんなに、毎日稽古したのに…」

「…稽古?」


お姉ちゃんはすくっと立ち上がると、しわの寄ったスカートを整える。

白い膝小僧が、すぐ目の前に現れた。


「だってあたしも演劇部だったもの」


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