立ち入り禁止の旧校舎に忍び込んだことがバレたのかと、一瞬ひやりと背筋が冷える。しかしどうやら、そうではないようだ。
…どうしてここでお姉ちゃんが出てくるのだろう。
「お姉ちゃんがどうかしたんですか…?」
佳代先生の顔を覗き込むように首を傾げる。
まるで海の満ち潮が一度に引いてしまうように。先生の瞳の奥が、ぐらりと大きく揺れた気がした。
「せんせ…、」
「とにかく!!…認められないものは、認められないの。これは諦めなさい、いいわね?」
少し丸められた台本を握る手のひらは、ほんの少しだけ汗ばんでいた。
去っていく先生の後ろ姿。そこに続く長い髪は、初めて会った時とは変わらずに綺麗だ。
まるで思い出したくもない、といった風だった。台本にはこんなに、鉛筆で書き込みや赤ペンの線が書き込まれているのに。──どうして。
いつもは穏やかな彼女のあんな表情を見たのは初めてで、あたしはショックでしばらくその場を動けなかった。
『先生とお姉ちゃん、仲良かったんですか?』
『ええ、彼女は一年後輩だったの』
ひらひら、春の色が舞い落ちる。
初めて校門をくぐったあの日の記憶が、桜のピンクと共に鮮やかに蘇った。
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