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梅雨の気配は遠かった。

カラッと晴れた高い空と木々の鮮やかな緑は、まだ5月を連想させる。


ジューンブライド、6月の花嫁は幸せになるというけれど。あたしたちの中で、まさか葵が一番に結婚するだなんて思わなかった。


普段よりも高いヒールを足元にまとい、右手にはいつものバイオリンケース。


みんなに会うのは、本当に久しぶりだった。


緊張と、楽しみと、懐かしさが入り混じっている胸のうち。今のこの気持ちを、うまく言い表す一言が見当たらない。


しかし結婚式会場前の人だかりに足を踏み入れた瞬間、あたしは時代を巻き戻したような錯覚に陥った。


「もーもぉ〜っ!!ひっさしぶりー!!」


あたしの姿を見つけるなり、満面の笑顔で駆けつけてくる美登里。

思いっきり抱きつかれて、あたしはその勢いに思わずむせた。


「ちょ…美登里、くるしい…」
「桃〜っ!!ほんと久しぶりだねっ!元気にしてた?」

続いてこちらに手を振ったのは奈々美。

高校時代よりもずいぶんと伸びた髪はふんわりと巻かれていて、すごく綺麗だ。

奈々美のピンクのワンピースは、"桜の園"で彼女が来ていた衣装に少しだけ似ていて、あの頃を思い出させる。


「っていうかさ!葵が結婚ってなんかビックリだよね!!」

「ね〜!!相手、カッコよくなかったらあたし認めないしっ!」


奈々美と美登里は、高校時代から少しも変わらず息ピッタリだ。

2人してそれぞれ、どんな男性なら葵にふさわしいかを列挙していく。


「まず背が高いでしょ〜、あともちろんすっごいカッコ良くて、優しくて…」

「あとこうさぁ、鼻筋がスッて通った感じの…」

「わかるわかるっ!!外人さんみたいな!ね、桃はどんな人だと思う!?」


「…美登里、その前に離れてくんない?」


外見は大人になっても、こういう話になると中身はそのままだ。

あたしは思わず顔がほころんでしまうのを、抑えることができなかった。


…このあたたかな空間は、今もここに残っていてくれたんだ。


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