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「すいません、本日も仕事の方少し早めに上げさせていただきたいのですが…」
ドアの向こうで、お母さんのよそゆきの丁寧な言葉使いが聞こえた。
もう一度布団の中に潜る。あたしの体温で温もったその中は、あたしの存在を認めてくれているようでなんだかホッとする。
電話が受話器に戻されたガチャリという音の後、あたしの部屋に来たお母さんは閉め切ったカーテンを勢いよく開いていった。
大量の光が待ち構えていたかのように一気に差し込む。あまりの眩しさに目が潰れそうだ。
「空気の入れ替えくらいしろって言ったでしょ」
頭の上から降ってきたお母さんの声に、頭だけ布団から出したまま寝返りを打つ。呆れたようなため息が、すぐに続けて落とされた。
「…朝ごはん、できてるから食べたくなったら降りてきなさい」
目覚ましのベルを鳴らさなくなってもう二日目。学校が強制的にないというのは、同じ休みでもサボリの時とは全く違う。
…自由なのに、囚われているのだ。
すべての電池が切れてしまったみたいに、あたしは何もする気が起きないでいた。
出ないでいた携帯の電池も、鳴り続けるうちに切れてしまったようだ。
床に放られたその画面はただ黒いだけで、もう何も映してはいなかった。
リビングに降りたころには、もうすっかり昼時になっていた。
テーブルに置かれた朝ごはんだと思われるスクランブルエッグが乗ったトーストとサラダ。
少し焦げた食パンの上、溢れんばかりの黄色い卵は乾いてパサパサだった。
衣食住というのは人間の基本だと言うけれど、それだけしかやっていないと時間の流れは本当に遅いものだ。
何を口にいれても同じ。味覚まで、鈍くなる。
のっそりと抜け出た後の布団の形は、まるで動物が冬眠する洞穴のようだった。
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