でも、でも。

でもね、翠狼。

人には、良心がある。

ここでこの胸の良心を押し殺すと、私はきっと後悔する。

私は渾身の力を込めて翠狼の身体を押すと、彼から距離をとった。

それから美しい真翠の瞳を見つめる。

「翠狼。私はマリウスに伝えなきゃならないの。だからお願い。わがままを許して。今だけ……許して」

私はそれだけ言うと両手を目一杯伸ばし、マリウスを見つめた。

「マリウス、ビジョンを……ビジョンを見て。きっとこれは彼女の……」

またしても激痛が私を襲った。

必死に歯を食い縛る私の手を、意を決したようにマリウスが両手で握った。

「クリスティーヌ……!!」

マリウスが両眼を見開いて空を見据えた。

私はそれを確認すると息をついて眼を閉じた。