風は止んだようで、あたり一面は静まり返っていた。
愛美は大きな瞳を軽くまぶたで隠し、口角を上げた。
どことなく悲しそうな笑顔。
最後に弘樹が見せてくれたものと、同じ。
「ばかだなぁ。私といたっていいこと何もないよ。泥棒猫ですから」
「俺が愛美のそばにいたいって思ってる」
再び木々や花が揺れる音がした。
空から吹き付ける風が、俺たちの間を通り抜けていく。
そんな中、耳に入ったのは「あはは」という自嘲気味な笑い声。
笑われてしまった。届かなかったのだろうか。
「……それじゃダメ?」とダサい念押しをしてしまう俺。
すると、彼女は急に頬をきゅっと上げ、背にした菜の花畑以上にまぶしい笑顔を見せてくれた。
顔が赤くなっていそうで恥ずかしい。
だけど、吸いつけられるようにその姿に視線が向かってしまう。
どうしても惹かれてしまう。
「あはは。まぁいっか。でも何? このさえない表情。もっとカッコよく写ってよ。しかも花も全然入ってないし」
「……うるせーな」
「それ私にも送って。あ、でも、スマホ持ってきてなかった」
「いつか現像したやつ送るよ」
「分かった。じゃあ、そろそろ行こ」
行き先を教えてもらうつもりで放った言葉は伝わらなかった。
愛美は落とした松葉杖を拾って渡してくれた後、すたすたと来た道を戻っていった。

