「では失礼します」
母が深く長く頭を下げる。
俺も動かせる限り顔を下に向け、弘樹の家を後にした。
夜7時半。すでにあたりは真っ暗だ。
タクシーつかまえてくるから待ってて、と言い、母は大通りへ向かっていった。
俺は松葉杖を脇に抱え、弘樹の家の近くで待っていたが。
「……ん?」
ふと誰かからの視線を感じた。
右足を地面につけないよう、よろよろと体の方向を変えた。
道路わきの電柱の奥へ視線を移す。
視界に入ったのは、一人の同世代くらいの女の子だった。
――誰だろう?
街灯やまわりの家の明かりによって、くっきりとその姿が浮かび上がる。
見たことのないセーラー服。
高い位置で結わえられたポニーテール。
そして、俺に向けられた刺すような視線と、固く結ばれた唇。
「あのぅ」
とりあえず少しだけ体を傾け、声をかけてみたが。
目が合った瞬間、その子はどこかへ走り去っていった。