ところが、ある話がこの状況を変えることになる。

それは春も終わりに近づき、夏めいてきた頃。
突然上司に呼ばれ、広い会議室の中で、こう告げられた。


「お前にタイ出向の話が出ているんだが、お前の将来のため、前向きに考えてくれないか」

まさに青天の霹靂。


この工場から海外へ出向する者はみんな、出世コースを歩んでいる。

新入当時、俺に教育指導をしてくれた先輩も、その後タイへと出向して、帰って来るなり役職の名が付いた。
出来れば俺も先輩のように……なんて野心は少なからずあったけれど、他にも優秀な社員はたくさんいて、俺が選ばれることは早々あり得ないだろうと思っていた。

それが、まさか。


「お、俺がタイにですか?」

「ああ。今タイにいる岡崎があっちに赴任して四年立つ。そろそろ次の指導者にバトンタッチさせなきゃならないからな。候補は何人かいるんだが、上の人間はみんなお前に行って欲しいと思っているんだ。まあ、これは強制ではないが、よく考えて欲しいと思っている」


上が俺に期待している。
それがひしひしと伝わって、内心とても嬉しかった。

KIZUKIに入ってから四年、ひたすらに上を目指しがむしゃらにやってきた俺へのご褒美だと、その場でその出向の受け入れを承諾する。

「……そうか、分かった。では次回の会議でお前の意思を上に報告することにするよ。タイへは新年度が始まる辺りになると思うが、それは近くなってからまた。お前からいい返事がもらえて嬉しいよ」

上司は、満足したように笑ってそう話すと、先に会議室から出ていく。

上司がいなくなり、ひとりになった俺は、拳を上げ、つい歓喜の雄叫びを上げてしまった。