「ひ、らぎ、く……」
聞こえていないかも。声にすらなっていなかったかも。
だけど、私の手首を引く力は絶対的なもので、逆らおうなんて少しも思えなかった。
どこへ行くのか、どうして引き返してきたのか。私とは顔も合わせたくないんじゃなかったのか。わからないことだらけでも、聞きたいことを呑み込んででも、引かれるがまま歩いた。
届かなくていい。もう話したくないって言われてもいいから……もう一度私を見てほしかった。
校内へ踏み入ったあと、柊くんは廊下のいちばん奥――外へ繋がるドアのある場所まで進んだ。
前を通ったどの教室からも話し声が漏れていて、まだ居残っている生徒が多くいるんだと頭の隅で思った。
これじゃあ目立ってしょうがない。
そう感じたのは柊くんも同じだったのか、小さくなった歩幅はもう一度外へ出た。
「何やってんだろ……」
腕を離され、土足になっていた柊くんの靴からその背中へ目を向ける。
ベランダのような場所には3段の階段があり、私は柊くんが降りるのを黙って見ていた。
うしろに長く伸びる廊下では、誰かの笑い声や足音が響いている。
……ほんと、何してるんだろうね。私たち。
柊くんはどうしたいの? 私を見ないまま、何を考えてる? ……私、ここにいていいのかな。


