世界が終わる音を聴いた


結論を言うなれば、ヒナちゃんはその後、十六夜でアクアパッツァを食べることは叶わなかった。

自宅から全く出られなかったというわけではない。
もちろん検診のために病院への行き来もあったし、体調の良い日には『向日葵が見たい』と言ったそれを叶えるために、少し車で出掛けたりもした。
とはいえ、1日ずっと体調が良い日など奇跡のようなもので、時間毎に変化する体調とにらめっこで、出掛けてもすぐに帰ってくるということもしばしばだった。
それはでも、若い女性が車イスに乗っていたり、キャリーケースから繋がれた点滴のチューブだったりと、人から好奇の目で見られることから逃れたかったことも一因にはあるのかもしれない。
近しい人であればこそ、切ない瞳で、同情の眼差しで、抗えない運命を悲しそうに見てくる。
そういうものから、逃げたかった。
だってまだ闘いは続いていたから。
目の前に迫る現実に苦しくて、やりきれないのは私たちも同じだ。
そういう目で見られたくないと思いながら、自分達も少し先の未来に気持ちを揺らしている。
それは矛盾してると分かってはいても、ヒナちゃんが諦めていないのだから、私たちが諦めてはいけなかったのだ。
ひとつ、はっきりと言えることと言えば、私たちはこの状況においてなお、不幸ではなかったということだ。



叶えることができなかったその願い―――……
“十六夜のアクアパッツァを食べたい”
それは元気になりたい、家族が愛しい、この世界でもっと生きたい
その想い全ての集約だったのかもしれない。
そんなことを想うようになったのはハデスと出会ってからかもしれない。
だけど、家族の誰もが心のどこかで感じていたのかもしれない。
誰から言ったわけではないけれど、お墓参りの後は、十六夜でご飯。
それが、約束ごとのようになっていた。