世界が終わる音を聴いた


お墓参りの後は、このお店。
それは決まり事のようなものだった。
そのきっかけはもちろんヒナちゃんで、入院中に漏らした事が始まりだった。



夏の緑が眩しい、晴れた日のお昼頃。
多分、休日だったんだろう、父も私もそこにいた。
置かれたベッドが窓際だったこともあり、病室から外が見れるのは幸いだったと思う。
右を見ても左を見ても無機質な景色だったら、気が滅入ってしまうだろうから。

薬が効いていたのだろう、久々に体調が良かったその日のヒナちゃんは、笑いながら空を見ていた。
精密検査をするべく絶食をしてから、ほとんどご飯もまともには食べられなくなっていて、豆腐のお味噌汁や、グレープフルーツみたいなフルーツ、ヨーグルトやプリンのように食べやすいものを一口二口というのが一度の食事。
美味しいものを、美味しいと言いながら食べることが好きで、入院する前までは食事も採れていたのに、一度“食べる”という行為から離れてしまったら、弱り果てた体には生きるために必要な食事すら苦しいものになっていたのだろう。
食べたくないわけではない、ただ食べられないのだ。
むしろきっと、食べたかったはずだ。
それが証拠に、ごくごくとジュースを飲む私を見ては「羨ましい」とこぼし、隣で食事をすれば「元気になったら、絶対に食べるんだから」と、こぼしていた。
残酷なことかもしれないけれど、私たち家族は“普通でいること”を選んだ。
自分のために人が気を使うことを嫌う人だったからだ。
だから私たちは、ヒナちゃんの前でもご飯を食べたし、よく笑っていた。
ヒナちゃんも、そんな中で一口食べ、二口食べ、美味しいと口にする。
満足のいくように食べられないというのは、どれ程辛かっただろう。
今となっては聞く術もない。