「お姉さん。もしかして、なんだけどさ」
物思いに耽っていると、急に目の前の人に声をかけられて、現実に引き戻された。
休憩だろうか、ギターは横に立て掛けられていて、代わりに彼の手にはペットボトルが握られていた。
「はい?」
慌てた返事で、彼も訝しげな顔をするが、そのまま言葉を続けてくれた。
「もしかして、なんだけど。……前に、ここで歌ってたこと、ありません?確か“chiya”って名前で」
歌っているときとはまた違う響きを持った声だなぁと聞いていると、その質問の内容に驚いた。
まさに、私がストリートに出るときはchiyaという名前で歌っていたから、だ。
「驚いた。もう8年近く前のことなのに」
「やっぱり?わー、嬉しいかも。ってか、嬉しい」
歌っている時とはうって変わって愛想よく爽やかに喋る。
「chiyaさんに憧れてストリート出るようになったんですよ。でも、勇気出すのがちょっと遅かったんだろうな。俺が出始めた頃にはもうchiyaさん、ここにはいなくなってて……」
「そう。じゃあもうここでやって長いの?ていうか、若そうな顔していくつよ。私の歌聴いてくれてた人なんて少しだったけど」
「chiyaさん、質問しすぎ。俺、幹太って言います」
手作りっぽいチラシを差し出されて受けとると、クスクスと笑って、幹太は話し始めた。
「chiyaさん見たのはちょうど8年前だと思う。ちょうど俺、20歳の時だから。ストリート出るようになったのは6年前かな」
「え、そうなの?年上じゃない。すっかりタメ口でしゃべっちゃった」
「気にしないで」
「じゃ、そうする」
昔、私の歌を聴いてくれた人。
今の私の、耳に届いた幹太の歌。
花守さんの時と同じ、打ち解ける材料は、それだけで十分だった。



