「大石さん、週末の件母に伝えました」
帰宅間際にちょうど出くわした大石さんに要点を伝える。
今日も無駄に爽やかな大石さんは、にっこりと私に笑顔をくれる。
「あ、ありがとう。都合はどうだろう?」
「明日でも明後日でも。昼過ぎならどちらでもいいみたいでしたよ」
「そっか。じゃあ明後日の14時ごろに伺おうかな?」
「わかりました」
じゃあ、と立ち去ろうとして、ガシッと腕をとられた。
ビックリしてつんのめると、今度は手を取られる。
触れたことの無いその大きな手に、ドキドキと心臓が鳴った。
「えっと、何か?」
逸る心臓を悟られないよう、努めて平常心で聞く。
とられた手をクルリと上向きにされると、そこにポンと置かれたのは、ゼリー飲料。
エネルギー&ビタミンなんて書いてある。
「夏バテだからって、ちゃんと食べないのは感心しないよ?」
そう言って、にっこり笑って去っていった。
優しくて、爽やかで……腹が立つ。
眉間にシワが寄るのがわかる。
この感情をもて余している感じに、腹が立つのだ。
なんだか、悔しい。
手に持っているゼリー飲料を一瞥し、口を開けると、勢いよく吸い込む。
ズルズルズル、と滑るように喉を通るよく冷えたそれを全て流し込むと、脇にあったゴミ箱に勢いよく投げ入れた。
定時を回った人の少ない会社の廊下ではすでに冷房は切られていて、少し窓が開いている。
逆にその開いた窓から、生暖かい空気を取り入れているのではないかと感じるけれど。
時おり吹く風も、どことなくぬるい。
窓の外で、蝉が鳴いている。
ジー、ジー、ジー、と大きな声で、儚い命に、持てる全てを出しきっているようだ。
それがとても耳障りで……
「うるさい!」
と、誰もいない廊下で独りごちた。
もちろん、そんなことにお構い無く、蝉は相変わらず、鳴いていた。



