世界が終わる音を聴いた


思えば昔から彼は優しくて、いつでも私を気にかけてくれた。
別れたあの日だって、そう。
気持ちが揺れて、向き合っていなかったのはお互い様かもしれないけれど、その慣れ親しんだ関係に終止符を打ったのはきっと彼なりの優しさだ。

急須からお茶を注ぎながら考える。
別れを告げる方と、告げられる方はどちらが辛いのだろうか。
気持ちは確かにお互い向き合ってはいなかったけれど、長い間連れ添ってきた情があったのは確かだ。
それはもう恋情とは呼べなくても、愛情だったかもしれないし、友情だったかもしれないし、もしかしたら同情に近いものだったかもしれないけれど。
惰性で一緒にいるのは良くないだとか、私の年齢だとか、私の想い人だとか、あるいは自分自身のこと。
考えなければならなかったふたりでのことを、彼はひとりで考えてくれたんだろう。
現実と向き合うことから逃げていた私の分まで。
その時点で、きっと別れは必然だった。

別れは、円満だったと思う。
納得するより他はなかったし、それはある種の諦めにも似ているのかもしれない。
結局私は、現実とは向かい合わず、今も変わらず、やっぱり逃げてばかりの日々だけれど。
諦めることには、慣れているから。

「お茶です、どうぞ」

そう言って席に座っている人にそっと差し出す。
パソコンをさわりながら飲み物を近くに置くのは最初のうちこそ慣れなかったけれど、この会社にもう何年もいればそれにも慣れた。
人間は、慣れる生き物だ。
良くも悪くも、慣れる、生き物だ。