世界が終わる音を聴いた


やがて時間は始業の時刻を迎える。
まばらだったこの部屋も、すでにみんな出勤していて各々仕事と向かい合っている。
個人のアレコレなんて関係なく、仕事は減ることなく悠然とそびえ立つ。
当たり前だ。
むしろ、減ってしまっては職場がなくなって困る。
数字と画面をにらめっこして、カタカタとキーボードを叩いていく。
単純作業には違いないけれど、いや、むしろ、単純作業だからこそ、小さなミスを犯さないようにキーボードを打つ。
広くもない部屋で、静かに時間は流れていく。
そんな頃には汗もすっかり引いて、部屋の温度に馴染んでいる。
どちらかというと、クーラーの直撃を受けて寒さを感じるくらいに。

ちらりと時計を確認して、席を立つ。
少し早いかもしれないけれど、お茶でも淹れよう。
給湯室に向かって行くと、向こう正面から見知った顔が歩いてきた。
それは2年前に、別の道を行くと決めたその人、花守恒彦。
微笑んで、会釈。

「芦原、久しぶり」
「花守さん、お久しぶりです」
「毎日暑いな。夏バテは大丈夫?」

流石に、短くない時間、付き合っていただけあって、私のことをよく知っている。
汗っかきな私は、毎年暑さにやられ、汗をかき、冷房にやられて冷えて、と繰り返して今のところもれなく毎年のように夏バテになっていた。
苦笑を返すと、ポン、と頭を撫でられた。

「ほどほどに頑張れよ。根詰めすぎるのは悪い癖だ」

そう言って笑う。
そこにトキメキは無い。
気まずい想いも、お互いにもう、ない。

「花守さんも。外回りの時は熱中症、気を付けてくださいね」
「おう。カノジョの手料理が旨いから栄養には事欠かないさ」
「……のろけるのは結構ですが、夏バテと熱中症は別次元ですから。こまめな水分補給をお忘れなく」
「そうなの?わかった、ありがと」

じゃあ、と別れて歩く。
私は給湯室へ、彼は玄関へと。