忍ばせた短剣がやけに重い。
酋長の屋敷に、一台の馬車がやって来た。
中から降りてくるのは紛れもない旦那様だ。
それを物陰からひっそりと見つめる。
俺は人目に触れないように、一足先に屋敷に辿り着いていた。
あと一時間もしたら狩猟に出掛けるはずだ。
目的地となるだろう場所はこの辺りではひとつしかない。
が、気まぐれに何があるかわからない。
動き出すまではまだここで待機だ。
目を閉じて逡巡する。
この結末は正しいのか。
ルナは今、俺にどうしてほしいだろう?
本当は仇を打つことなど、望んではいないのかもしれない。
けれど、俺は。
「君がいないなんて、耐えられないんだよ……」
情けなくこぼれ落ちた言葉は、風に消される。
もしも、もう一度君に出会えたのなら。
きっと迷わず君を愛すよ。
生きていてくれさえすれば良かった。
足元に咲く花にもきっと幸せを感じられた君だから。
例え俺が側にいなくても、一時の想い出としてくれたなら。
ただそれだけでよかったのに。
ふ、と空気が動く気配を感じて屋敷へと注意を戻す。
旦那様に、酋長。
そして……その、息子。
それぞれ馬に跨がり、いかにも狩りに行くと言う様相だ。
黒毛の馬に乗った旦那様がすっと右手を上げる。
合図だ。
やはり目的地は例の場所。
その手はごく自然に酋長を促し、酋長の乗る月毛の馬は走り出す。
何を迷うことがある?
賽は投げられた。
君のいない世界に、俺は別れを告げる。
グッと奥歯を噛み締めて、静かに先回りをした。



