「大粒の汗だな」
クスクスと笑ながら声をかけてきた人を見て軽くため息をつく。
「人の顔見てため息とは酷いんじゃない?」
ちっとも傷ついたようすなど見せずにその人、大石学は言う。
「こうも暑いんじゃ、ため息もつきたくなります。……おはようございます」
「あぁ、おはよう。ま、確かに暑いな」
そういう彼は汗ひとつかいていない。
その爽やかさが鼻につく。
ため息を暑さのせいにして、私は話を終わらせた。
それを察して、大石さんは去っていく。
その後ろ姿に、もう一度ため息をこぼして、ようやく私も始動することにした。
今朝、母が呟いた言葉が頭を過る。
『いつになったら、お婿さん来てくれるんだかねぇ。その調子じゃ、ねぇ』
その言葉から逃げ出したのは、私。
したくない訳じゃないのだ、私も。
ただその、“結婚したい人”が既に誰かのものだった、というだけだ。
あのポケットの中の左手薬指には、今日も“あの人”とお揃いの指輪がはめられている。
奪うことなど考えていない。
けれど、この想いを消すこともできない。
故に私には、想いを伝えることも結婚することもできない。
この負のループから、逃げ出したくもなる。
いつか別の人を好きになれれば。
彼への想いが、淘汰されてしまえば……。
そう思い続けて2年、枯れることなく私は彼を想い続けている。
感情というものは自分の手に負えないのだから困る。
彼、大石学、その人が私がどうにも結婚に踏み切れない原因そのものだった。
――お母さん、ごめんね。
心の中で謝っても、それは誰にも届かない。



