世界が終わる音を聴いた


屋敷を出た俺は、街を出て、気の良い夫婦の営む居酒屋の手伝いをしていた。
初めこそこの黒髪に驚いていたが、どうやらこの街は外交が盛んなようで遠い国では黒髪が普通だと言う噂を聞いていたらしく、好意的に受け入れてもらえた。
しかしそれでもやはり黒髪は目立つので、少し噂にはなったらしい。
あの街で向けられたような視線ではないが、好奇の眼差しは付いて回った。
それは致し方がない、と、それにも慣れた頃だった。


間もなく春の訪れが聞こえてきそうな頃のこと。
偶然聞こえてきた客の噂話に、持っていた食器を落として、ガチャンと大きな音をたてた。

「失礼。……もう一度言ってくれないか?」

相当剣幕な顔をしていたのだろう、客は驚いたように答えた。

「だから、あの街の薔薇屋敷のお嬢さん。婚礼の日に、嫁いだ先の旦那に刺されたって話だ」
「それは本当か?」
「本当かどうかは知らねぇけど、街じゃ専らその噂で持ちきりさ。大々的な葬式はしてねぇみたいだけどよ。薔薇屋敷の旦那の怒り具合に、落ち込みようといったらないって話だ」

何てことだろう。
少なくとも君が平和に生きていてくれるのならそれで良かった。
俺とふたりで逃げ出したところで幸せになれないことを知っていたから。
優しい君はきっと父親を裏切ったことを、後悔し続けてしまっただろうから。
自分ひとりなら蔑まれようと、どうにかやっていけたとしても君を生かしていくための術を俺は持たない。
共にいる君が白い目を向けられることに、俺はきっと耐えられない。

けれど、こんなことなら。
こんな結末が、待っていたのなら。
どうして君のその手を取って、連れ去ってしまわなかったのだろう。
君はこの世界にもう、いないと言うのか?