アパートの階段の下で佇む男女、なんてシチュエーションの中に自分が入るとかありえない。
そう思っていたのに、今目の前のイケメンは私の腕をつかんで離さない。

なんなの。恐ろしいな、酔っぱらい。


「あの」


離してくださいよ。

心臓がどきどきして、いつも以上に言葉が出ない。
言いたいことの半分くらいは飲み込んでしまっている。

俯いたままの永屋さんからはぼそりと小さな声。


「……冷たい」


確かに。

雨は降り始めからは考えられないほど一気に強くなり、現在私たちはびしょ濡れだ。
彼は顔を上げると、前髪から水を滴らせながらふっと微笑んだ。


「それじゃ電車乗れないでしょ。……おいでよ。何もしないから」

「え、あ、はい」

「この間のお礼」


ああ。なし崩し的に私があなたを泊めたときですね。

そう考えたら一気に気が楽になってきた。
そうか、あの時のお礼のつもりね。


「こっち」


腕を引かれたまま、彼について階段を上る。
服から垂れ落ちる水滴が、階段を濡らしてしまって滑りやすい。


「滑るからね、気を付けて」


永屋さんは私との間を一段以上開けないようにして、二の腕の辺りをしっかり掴んで支えてくれる。

……おかしいな。さっきまで私が介抱していたはずだったのに。
なんで今、私が引っ張られてるんだ?