落ち着いて考えれば、さっきの店に戻って山海さんに頼むとか、やりようはいくらもあったんだと思う。
そもそも、まだ電車も余裕で動いている時間だし、無理やり喫茶店みたいな店に引っ張っていって休ませるとかいう手もあったはずだ。

だけど、後ろから抱き着く形でのしかかる半分寝ている男は重たいし、そもそも抱き着かれるとか免疫ないのでもうテンパっちゃっていて。

私は停車したタクシーに自分のアパートの住所を伝えてしまった。

運転手さんは優しそうな六十過ぎの男性で。


「おねぇちゃん、彼氏運ぶの大変だろう。手伝ってやろう」

「彼氏じゃないです」

「照れなくてもいいからいいから!」


とご丁寧に二階の私の部屋の入り口まで、永屋さんを運んでくれたのです。



鍵を開けてからしばし逡巡する。

この人を部屋に入れて介抱しなきゃならないんだろうか。
ここで捨て置いても別によくない? 
彼氏ってわけじゃないし、そこまで面倒見る必要あるのか?

……でもなぁ、これから仕事も一緒にしなきゃいけないし、恩を売っとくのはありかもとは思うけど。


ちらりとみると、座り込んで寝ている永屋さんは幸せそうに口元に笑みを浮かべている。
畜生、人の気も知らないでいい気なものよ。