頭を撫でる彼の大きな手に安心するのと同時に、じわじわ正気にも戻ってきていた。

あり得ないって、この状況。
離れなきゃ。大体今仕事中だし、こんな甘えるのなんて柄じゃないし。


「す、すいません。もう平気ですから」


鼻をすすって体勢を戻したら、永屋さんは唇を尖らせた。


「復活? もうちょっといいのに」

「仕事中ですよ。私情挟まないんじゃなかったんですか」

「はは。でもさ、和賀さんが甘えてきてくれるチャンスなんて滅多にないじゃん?」


この人は、どうしてそんな風にさらっと人が喜ぶようなこと言えちゃうんだろう。

彼の言葉が嬉しいのと同時に苦しくなる。

今はこんな風に言ってくれるけど、コミュ障で逃げたがりな私を知られたら、きっと永屋さんの今の気持ちが錯覚だと気づいてしまうだろう。
そうしたら、今のことも彼にとって嫌な過去になるんじゃないかしら。

幸せ慣れしてないからか、甘い未来など考えられない。

嫌われるくらいなら、ただの同僚でいたほうがよくない?


「もう平気です。ありがとうございました」


頭をぺこりと下げて、私は体を反転させてシステム開発部のほうへ向かって歩き出す。

角を曲がると廊下には普通に人が歩いていて、背筋を冷や汗が伝っていく感覚がした。

危なかった。こんなに近くに人がいるところで、永屋さんに引っ付いてしまうなど殺されても仕方ないような所業じゃないの。
誰かに見つかったらえらいことだった。